人工妊娠中絶術について
人工妊娠中絶術は、胎児が母体外において、生命を維持することができない時期に、人工的に胎児およびその付属物を母体外に排出する手術のことをいいます。
現在日本では妊娠22週未満(6ヶ月半ば以前)の人工妊娠中絶手術が認められています。妊娠週数は、最後にあった月経の第1日目から数えます。したがって月経がないと気がついた時には、すでに2ヶ月(4週)となっているわけです。さらに1ヵ月(4週)経過すると3ヶ月(8週)に入り、予定月経日よりほぼ2ヶ月(8週)経過すると4ヶ月(12週)となります。
日本における人工妊娠中絶実施率は、家族計画や各種避妊法の普及に伴い昭和30年代の約3分の1と減少傾向を示しており、近年では年間30万件余りとなっています。人工妊娠中絶術のうち妊娠初期(3ヶ月、11週以前)が約94%、妊娠中期(4ヶ月、12週以後)が約6%となっています。
年代別にみると20歳以後の人工妊娠中絶実施率は減少傾向がありますが、20歳未満では増加傾向となっています。20歳未満では妊娠成立のメカニズムや各種避妊法に対する認識が乏しいまま妊娠し、その結果として中絶の増加傾向を示しているものと思われます。また、予期しない妊娠のため初診時期の遅れの傾向が高く、このことは中期中絶率の増加へとつながっており、今後の家族計画、各種避妊法の指導が重要となってきています。
妊娠中期(4ヶ月、12週以後)の手術より妊娠初期(3ヶ月、11週以前)の手術の方が母体に対するリスクは少ないのは当然です。また、人工妊娠中絶術が22週未満まで可能といっても、時間がたつにつれ胎児は成長していき、それによって費用もかさみます。したがって、手術をする場合はできるだけ早い時期にすることが望まれます。ただし、極端に早い時期では、経膣超音波断層法で妊娠しているふくろ(胎嚢)が見えないため子宮外妊娠か子宮内妊娠か診断できないことや、手術を行っても出てきたものの内容の確認が困難なため、それらがはっきりとする妊娠5~6週まで待った方がよいケースもあります。
妊娠初期の人工妊娠中絶術について具体的にご説明いたしますと、あらかじめ外来診察で経膣超音波断層法や内診によって妊娠の確認をするとともに、子宮、卵巣などの診察や必要な術前検査を済ませ、手術の日をご相談の上決めておきます。また、人工妊娠中絶術は母体保護法という法律によって実施されますので、手術までに本人と胎児の父親の同意が必要で、同意書という書類にそれぞれ署名をしていただきます。手術は母体保護法指定医という資格をもった医師が行います。
予定された手術の当日は麻酔をかける関係で飲物や食物は摂らないようにして来院していただきます。手術の方法は点滴をして、そこから薬を入れて静脈麻酔をかけて、子宮口を開き、子宮内容を吸引または掻爬によって体外に排出させます。この際にお産の経験のない方や子宮口の狭い方では手術のすこし前に子宮口をゆっくりと開くような器具をあらかじめ挿入しておきます。手術所要時間は数分程度で終わり、手術中や手術後の痛みはありません。また、手術中は寝ているためご本人にはわからないうちに手術は終了します。手術後はしばらくベットで休み麻酔が覚めると飲食はOKとなり、手術後の診察を済ませて終了となり帰宅できます。お仕事については翌日からは全く通常の勤務が可能です。以上のように、妊娠初期の人工妊娠中絶術では入院は不要で、半日で終了する外来手術となります。
しかし、妊娠中期の人工妊娠中絶術となりますと、外来手術とはいかず数日間入院して人工的な陣痛をおこして分娩と同じように娩出させるといった方法となります。
人工妊娠中絶術を行う際に注意する点として血液型不適合妊娠があります。理論的にはRh因子以外の血液型でも血液型不適合妊娠は起こりえますが、問題となるのはほとんどの場合Rh因子の不適合といわれています。日本人のRh(-)の頻度は0.5%と報告されています。したがってRh(-)の女性が妊娠した場合そのほとんどは相手の男性はRh(+)と思われます。まれに女性も男性もRh(-)の組み合わせがあり得ますが、その場合は胎児の血液型はRh(-)となり血液型不適合妊娠とはなりません。ほとんどのケースと考えられる女性がRh(-)、男性がRh(+)の組み合わせであれば血液型不適合妊娠となります。なお、男性がRh(-)、女性がRh(+)という組み合わせでは血液型不適合妊娠ではありません。詳しいことは省きますが、Rh(-)の女性が血液型不明の男性との間に妊娠された場合、理論値として胎児の血液型は93%はRh(+)、7%がRh(-)となります。このうち女性がRh(-)で胎児がRh(+)の場合が血液型不適合妊娠となる組み合わせとなります。
その血液型不適合妊娠とはRh(-)の女性がRh(+)の赤血球に触れることによって、Rh(+)の赤血球に対する抗体を作り出すようになることが問題とされます。このRh(+)の赤血球に対する抗体を作り出すようになることをRh(+)の赤血球で感作(かんさ)されると言います。この感作された状態で次の妊娠をされた場合にその胎児の血液型がRh(+)であれば、Rh(+)に対する抗体が母体から胎盤を通過して胎児に移行し、胎児の赤血球をこわして胎児の溶血性貧血が発生することになります。
この感作という現象は以上のメカニズムで起こるために、妊娠したことのないRh(-)の女性であれば、感作されていることはまずありません。しかし、妊娠された場合はRh(+)の胎児をお腹に入れているわけで、人工妊娠中絶以外に、流産、通常の分娩、子宮外妊娠、羊水穿刺、絨毛採取、胎児血液採取、胎児手術などの産科検査、治療、分娩などによってRh(-)の母体が感作されることは充分に考えられます。それらの際に感作された場合は将来次回の妊娠をされたときに胎児に対して抗体が作用して胎児の溶血性貧血という合併症を起し、妊娠中期での体内死亡や胎児の極端な貧血、黄疸の原因となります。このような感作成立率は初期の人工妊娠中絶術で3~4%、中期で5~10%と報告されています。
そこで感作成立の予防といったことが重要になりますが、これは感作を防ぐ薬があります。前述の人工妊娠中絶、流産、分娩などの際にこの薬による処置によって感作されるのを防ぐことが出来ます。分娩の際は新生児の血液型を調べてRh(-)であれば感作されることはないので必要ありませんが、Rh(+)であればこの薬によって感作を防ぎます。人工妊娠中絶、流産などでは通常胎児の血液型を調べることは出来ないので、胎児がRh(+)であるという想定で感作の予防処置を行うのが通常です。
以上人工妊娠中絶術についてお話しましたが、妊娠に関してはお2人で話し合いの上、きちんとした家族計画をたてておくことが重要で、その時期まではぜひ確実な避妊を実行して下さい。